人生で二度目のクルーズ旅行で、まさかあんな出来事に遭遇するとは思いもしませんでした。私が乗船したのは、大西洋沿いを巡る長期クルーズ。大小さまざまな寄港地を巡りながら、船内では優雅な時間が流れる…はずでした。しかし、出航して数日後、海域全体を覆うようにして突如として濃い霧が立ち込めたのです。夜が明けても霧は一向に晴れず、甲板に出てみても視界はわずか数メートルほど。水平線どころか、ほんの少し先すら判別できないほどの濃霧でした。キャビン内のアナウンスによると、船の最先端についているレーダーも通常より慎重に操作せざるを得ない状態だったとか。船内では「もしかして映画のワンシーンみたいに、何か未知の生き物が現れたりして…」などと冗談交じりに噂話をするほど、不安と好奇心が入り混じった独特の空気が漂っていました。
これほどの濃霧は、クルーズスタッフも過去に例を見ないと口を揃えて言っていました。一方で、視界が悪い分だけ船がゆっくり進まざるを得ず、予定していた寄港地のスケジュールにも影響が出ることに。乗客の中には「楽しみにしていた shore excursion(寄港地ツアー)がキャンセルになるのでは?」と心配する声もありました。しかしクルーズ会社は状況を考慮し、寄港地のスケジュールを少し先延ばしにしてくれる対応を取ったのです。結果的には、多少行程に遅れが出たものの、すべての寄港地を訪れることができ、乗客からは安堵の声が上がりました。
何よりも印象的だったのは、霧の中で聞こえる船の汽笛の音でした。いつもより間隔を短く鳴らすので、まるで船全体が警戒しているかのよう。視覚が奪われると、聴覚が研ぎ澄まされるのか、一度鳴るたびに周囲がしんと静まる感覚に包まれました。隣のテーブルで食事していた老夫婦が、「こんなに神秘的な海を体験したのは初めてだ」と感動している姿を見て、危険な状態ではあるのに、それと同時に海の神秘を体感する機会にもなっているのだと実感しました。少し不謹慎かもしれませんが、霧に包まれた海は幻想的で、まるで別世界のような光景でした。
おかげで、そのクルーズは私にとって「海の力や自然の脅威と美しさを同時に体験した特別な旅」となりました。ただの移動手段ではなく、クルーズという船旅だからこそ、自然の変化を肌で感じ、そこでしか味わえないスリルや興奮、そして感動が得られるものなのだと再認識したのです。最終的には無事に航海を続けられたとはいえ、あの濃霧に閉ざされた数日間はクルーズの思い出の中でも、一生忘れられない特別なエピソードとして心に刻まれています。
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